とうとう五十路になりました ~ いなきち

傍観者と代弁者

人様が撮られたスナップ写真を拝見していて、感じたことがあります。

スナップ写真は、
 1.被写体を淡々と、ありのままに捉えた写真。
 2.被写体が見るものに語りかけている声が聞こえる写真。

大ざっぱに言って、その2つに分類されるような気がするのです。

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【岡町】 FUJIFILM X-T1 / XF 56mm F1.2 R / F5.6 AE / ISO400 / RAW

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【銀座】 FUJIFILM X-T1 / XF 56mm F1.2 R / F4.5 AE / ISO250 / JPEG(PROVIA)

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【入江】 FUJIFILM X-T1 / XF 56mm F1.2 R / F2.8 AE / ISO640 / JPEG(PROVIA)

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【岡町】 FUJIFILM X-T1 / XF 56mm F1.2 R / F1.8 AE(+0.3) / ISO200 / JPEG(PROVIA)


例えば一般的な風景写真などは、前者1に相当するのではないでしょうか。
もちろん風景写真でも、壮大な風景を前にして、自然の雄大さとか神秘さなど、撮り手が伝えたいことを考えながらシャッタを切っているとは思います。
でも、後者2と決定的に違うことは、後者2が被写体を擬人化しているということじゃないかと思うのです。
被写体の視点に立つ、或いはそのものになりきる、と言うことは、明らかに自分と同等の意識を持つものとして扱っています。
被写体が人間の場合は、その人の感情を写真に納める、静物を撮る場合は、擬人化して声なき声を写真で伝える・・・
言ってみれば、被写体の代弁者になると言うことだと思います。

対して前者1は、言わば傍観者の視点、と言ってしまうとちょっと違いますでしょうか。「傍観者」には、主体性が感じられませんから。
言いたいことは、被写体に強く寄り添わず、或いは同化せず、少し離れた冷めた視線で写真を撮っているのではないか、と言うことです。
そして、写真を見る者に物語を紡がせる・・・
そんな気がするのです。


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【上】 FUJIFILM X-T1 / XF 56mm F1.2 R / F2.8 AE / ISO400 / RAW

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【入江】 FUJIFILM X-T1 / XF 56mm F1.2 R / F1.4 AE / ISO400 / RAW ※トリミング


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【相生町】 FUJIFILM X-T1 / XF 56mm F1.2 R / F2 AE(+0.3) / ISO200 / JPEG(PROVIA)

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【岡町】 FUJIFILM X-T1 / XF 56mm F1.2 R / F5.6 AE / ISO640 / RAW


2つの内、分かりやすい写真は、「代弁者」の方でしょうね。
撮り手の言いたいことが間違い無く伝わるかどうかは分かりませんが、「撮り手が写真を通して何か言いたいことがありそうだ」、とは分かります。

問題は「傍観者」の方。
一見すると、たわいもない光景を写真に納めただけのように思えることが多いからです。
その理由は、撮り手に感性や技術がないのか、はたまた鑑賞者にも感性や眼力がないからか・・・

ま、ワタクシの写真に限って言えば、感性と技術の欠如以外の何物でもありません。。。
実に、実に残念です(涙)


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by inakichi88 | 2014-09-24 21:43 | 清水区散歩
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